木村尚三郎他編『中世史講座 第4巻 中世の法と権力』(学生社・1985年)
五 ヨーロッパ中世国家の構造 下野義朗 (122)(1)中世国家の権力構造史的把握:…封建制と王制との関係構造的に捉えるならば、封建制がその政治的秩序形成の機能を最も良く発揮した13世紀こそが封建王制の時期であり、またそれは同時に封建制の最盛期でもある[とする見解がある]。従って13世紀における中世封建制国家の完成は二重構造を前提とした封建的階層序列の完成を意味する事になる。…(123)[他方]13世紀における封建王制の確立は実質的には封建制の「自己克服の過程」に他ならない[とする意見がある。即ち]7ないし9世紀に典型的な形で成立する「三重の構造」(領主直営地、非自由な貸与地、自由な貸与地)をもつ古典的グルントヘルシャフトこそが封建制社会を構成する基本的単位=細胞であって、そこにおいて初めて統一的農奴身分が成立し、本来の意味における領主権力が形成される。そして、下から自然発生的に且つ全く無秩序に形成されたこれらの領主権力を一つの権力秩序に組織立てて行く機能を果たしたものの中でもっとも重要なものが封建制(レーン制)に他ならない[というものである].
2.中世国家とは何か(130) [国際法の権威ダントレーヴ]によると、我々の日常用語において「国家」と言う言葉は(1)個人の意志に優越して命令を与え且つ執行せしめうる力、(2)一定の手続きに従って行使される権力、(3)権力の行使を合法化し正当化する権威(131)という三つの意味で用いられている。そしてこのような意味に対応して、国家の問題への取り組み方が異なってくるというのである。… (1)国家の概念史(132) 古代と中世の著述家がポリスやレス・プブリカ、あるいはcivitasやregnum(133)などの様々な述語を用いて正確に述べようとしている事態を表現するのに、今日一般に「国家」と言う近代後が使用されている…。[ダントレーヴによれば]古代と中世の著述家達が政治上の題材を扱うときに「国家」の代わりに様々の言語を使用したのには2つの理由があった。その第一の理由は、彼らが当面していた状況がそれぞれの場合に異なっていたという事である。先ず、古典時代のギリシャにおいて政治経験は都市国家ポリスに要約されていて、ポリスは公益の最高の表現であり、精神的価値の化身であった(プラトン、アリストテレス)。しかしこのポリスは単に「国家」とは翻訳されえないものであって、その中で人間の一切の運命が動いている教会=国家であった。序でローマ時代には、都市国家と言う狭い視野からあふれ出て帝国と言う普遍的理想の地平が開かれたばかりでなく、国家間の中に法的要素が導入される。こうしてres publicaの定義では、力点は国家の目的から国家の構造そのものに移って、法が政治社会を他の一切の人間社会から識別する特性(キケロ)となる。最後に中世においては、政治著作の中にres publica, civitas, regnumといった術後がしばしば見えて居るが、それらの言葉の意味は、殆ど同一の意義で用いて居るアウグスティヌスを除くと、適用される状況や、人間社会の非常に多様な形態と型に応じてことなっている。
すなわち、civitasは都市国家に関係しているのが普通であり、またregnumは王国を表現し、最後にres publicaは多くの場合王国よりも大きな共同体つまりキリスト教世界を叙述するのに留保されている。…第2の理由は、この「国家」という言葉が一定の正確な意味をまだ獲得していなかったという事実にある。… (134)彼らが一般に依拠した便法はポリスについてのアリストテレスの概念を拡大して、都市国家と王国を唯一つのカテゴリーに含ませる事であって、中世の資料の中でポリスは一般に「civitasないしregnum」と訳されている。ついでアリストテレスの『政治学』が再び読まれ研究された13世紀中頃以後、政治思想は根本的な修正をこうむって、力点と関心はキリスト教共同体の統一性から、この統一体の分裂から生じた複数の個別共同体、つまり都市国家と王国に移る。そしてこれらの個別共同体のそれぞれに、アリストテレスがポリスに留保していた「自給自足可能な完全な共同体」の特性が付与されたのである。そしてダントレーヴによれば、この「完全な共同体」と言う表現は中世の政治用語の中では近代的国家間に一番近い表現である。しかし「新しい状況」に概念上の枠組みを提供する言葉が最終的に発見されるのは、要約ルネサンス期に入ってからの事であると言う。… 「国家」Etatという言葉の起源は、存在の様式ないし条件を意味するラテン語のstatusに由来する。…スタトゥスは、教会や帝国或いは王国などの特殊な共同体の、繁栄とか安寧とかよき秩序を意味している。しかし、このよう(135)なまだ曖昧で一般的な意味のほかに、もっと正確な二つの用例があった。その一つは、スタトゥスと言う言葉によって特有の社会的乃至経済的条件、従って個人を他と区別するカテゴリーないし階層を表現している場合で、これが現代フランス語の身分etatにつながる。スタトゥスという言葉のいまひとつの意味は…「一定の共同体の法的構造」を示すのに用いられている。
この意味はローマ法の『学説集Digesta』の中の公法jus publicumの定義ー「ローマ国のスタトゥスに関係するところのもの」-から着想を得たようであるが、その起源は兎も角として、ラテン語のスタトゥスとイタリア語のstatoは、中世において次第にこの意味で使用されるようになってくる。…ダントレーヴによると、マキアヴェリの『君主論』の中に、「国家」という言葉が新しい意味で用いられている決定的な証拠が見出されるのは間違いない。…本質は常に同一であるような政治上の「集合単位」を示すのに用いられている…。こうしてマキアヴェリにおいては「国家」という言葉は、一定の領土内で一定の人民に対して力を行使したり、力の使用をコントロールしたりする権能を与えられた組織体の意味で用いられているのである。